映画「ラストエンペラー」あらすじやラストネタバレは?時代背景や史実を元に内容をわかりやすく解説!

ラストエンペラー」はタイトル通り、清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀の波乱の生涯を描いた映画です。

本作品は「ラストタンゴ・イン・パリ」などで知られるイタリアの映画監督、ベルナルド・ベルトルッチが監督、脚本を兼任。

主演の溥儀役には「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」のジョン・ローン、イギリス人家庭教師役で「アラビアのロレンス」のピーター・オトゥール、溥儀の妻役でジョアン・チェンが出演。

日本から坂本龍一も甘粕正彦役で俳優として出演し、他の作曲家やミュージシャンと共に音楽も担当、日本人初のアカデミー賞作曲賞を受賞しました。

この映画は溥儀の自伝が原作となっているようですが、必ずしも史実に忠実には作られてはいなかったようです。

それでも「ラストエンペラー」はアカデミー賞で9部門の賞を獲得し、映画の出来としては高い評価を受けました。

映画「ラストエンペラー」あらすじやラストネタバレは?

©NBCユニバーサル

物語は現在(1950年代)の溥儀自身が自分の過去を回想しながら進んでいきます。

第二次世界大戦が終結した後、ソビエト連邦の赤軍に捕まり、身柄を拘束された溥儀(ジョン・ローン)。

それから5年の月日が流れ、中華人民共和国に引き渡されることになりました。

他の政治犯、戦犯たちと一緒に列車でハルビン駅に到着、そこから戦犯管理所に連れて行かれることになります。

溥儀はひとり駅にある洗面所へ行き、手首を切って自殺を試みるところから彼の回想が始まります。

幼い溥儀は 清朝第11代皇帝の光緒帝の崩御の後、西太后からの使命を受け、第12代目皇帝の座に着きます。

置かれた立場も意味もわからない彼は、即位式の時にどこかでコオロギが鳴いているのに気がつき、無邪気に探して回ります。

そのコオロギは教育係の陳のもので、陳からコオロギを小さな筒状の入れ物ごと譲りうけました。

両親、兄弟と離れ、皇帝とは名ばかりの紫禁城での生活が始まりました。

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溥儀は紫禁城から出ることを許されず、城内が彼の世界のすべてでした。

唯一、溥儀の知る子供は弟の溥傑で、溥傑は兄の溥儀に会いに紫禁城を訪れます。

外の世界の現状を知っている溥傑に、兄上は皇帝ではないと言われました。

既に紫禁城の外には「新しい皇帝」中華民国大総統の袁世凱がいると教えられ、動揺する溥儀。

このあと溥儀が一番懐いていた乳母アーモは役目が終わり紫禁城を去ります。

そしてイギリスから新しい家庭教師のレジナルド・ジョンストン(ピーター・オトゥール)が紫禁城に着ました。彼は溥儀に西洋式の教育、文化を教えます。

成長と共に溥儀は城の外に興味を持ちはじめますが、城外では皇帝でないこともあり、外に出られないように常に見張られている状態でした。

母親がアヘンで自殺をしても、紫禁城から出してもらえず、家族に会いに行くことも許されません。

こっそり屋根を伝って城を抜け出そうとしますが失敗。

この時、視界がやけにボヤけることに気がつき、医者に診てもらうと視力が弱っていると診断され、眼鏡をかけるようになりました。

このころ溥儀には結婚話が持ち上がります。

溥儀の意思には関係なく、婉容(ジョアン・チェン)が皇后に、文繡が第二皇后となりました。

1924年、北京政変によるクーデターで溥儀たちは紫禁城を追われ、北京の日本公使館の助けで天津に移り住みます。

そこでは溥儀はヘンリー、婉容はエリザベスと名乗り煌びやかな生活を送り始めます。

第二皇后の文繡は紫禁城の外では正式な妻とは認められず、この無意味な結婚を終わらせる決断をします。

天津では甘粕正彦(坂本龍一)や川島芳子が彼らに近づいてきました。

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婉容は川島芳子に勧められてアヘンに手をだし、アヘン中毒になってしまいます。

1034年、日本は溥儀を、日本の傀儡国家である満州国の皇帝の座に就かせました。

こうして再び皇帝になった溥儀。

婉容は日本に利用されていると訴えますが、彼は聞く耳を持ちません。

子供が欲しい婉容は運転手との間の子を妊娠し、跡継ぎにしようとしましたが、生まれてきた子供はすぐに殺されてしまい、婉容も溥儀から遠ざけられてしまいました。

婉容の言う通り、またしても皇帝とは形だけのもので、溥儀は日本に操られているだけでした。

その後、日本は敗戦、第二次世界大戦が終わり、溥儀は弟の溥傑と一緒に日本へ亡命する途中で、赤軍に捕まります。

©NBCユニバーサル

ハルビン駅の洗面所で手首を切った溥儀は、監視に発見され一命を取り止めていました。

溥儀は戦犯管理所で日本との関わりの詳細、満州国の皇帝になった経緯を問い詰められます。

そして中国共産党の思想改造を受けた溥儀は1959年に出所。

文化大革命のさなか、溥儀は北京市内の植物園で庭師の仕事をしながら、一般市民として生活を送っていました。

仕事の帰り道、彼は博物院として公開されている、かつての住処の紫禁城を訪れます。

玉座に近寄ろうとした時に一人の少年に止められました。

溥儀が、かつてここで皇帝だったと言っても信じない少年に、玉座の隙間に隠してあった、あのコオロギの入った入れ物を取り出して手渡します。

コオロギを見つめていた少年が、また溥儀に目を戻そうとすると、そこにはもう溥儀の姿はありませんでした。

ブルーレイ版の予告編はこちら。

©NBCユニバーサル

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映画「ラストエンペラー」時代背景は?

「ラストエンペラー」では溥儀が清朝の皇帝に即位した1908年から溥儀が亡くなった1967年までを描いています。

その間「辛亥革命」により清朝は滅び、共和制国家の中華民国が誕生します。

その後、映画の中でジョンストンが紫禁城に来る途中で出くわした四五運動や、溥儀が紫禁城を追われることになった北京政変(軍事クーデター)などが起こりました。

そして満州事変や第二次世界大戦もこの映画の時代背景になっています。

ラスト、年老いた溥儀がひとり紫禁城を訪れる時は、中国では文化大革命が始まったばかりの頃でした。

溥儀はこうした時代を清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀として生きたことで、歴史に翻弄される人生になったのも頷けます。

アカデミー賞も受賞した「ラストペラー」のサントラは坂本龍一による作品となっております。

サントラも楽しみたいですね。

℗ 1987 Virgin Records Limited

映画「ラストエンペラー」史実との違いは?

実在した人物を描いた本作品ですが、必ずしも史実に基づいて制作されたわけではなかったようです。

溥儀自身や、ジョンストン、甘粕正彦、川島芳子などの人物像やエピソードが、実際とは食い違っていることも指摘されています。

例えば、紫禁城での若きりし頃の溥儀は映画で描かれていた以上に冷酷だったこと、甘粕正彦は銃での自殺ではなく服毒自殺だったこと、等々が挙げられています。

また時系列が一致していない箇所が複数あるとも言われています。

「ラストエンペラー」は史実に重点を置きくのではなく、エンターテイメント性を重視して作られた映画の感じがします。

しかし、この映画を観たあとに、溥儀の人生や、時代背景などに興味があれば調べて、映画と照らし合わせてみるのもまた面白いかもしれませんね。

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3歳の父親であり、音楽活動をする傍ら映画や本、サウナにどっぷりハマっております!ミュージシャンとしてはベーシストであり作曲、プロデューサー業をしており、バンド活動も久々に開始いたしました。映画や本、サウナが好きな方に少しでもためになる情報をお届けしたいと思いますのでよろしくお願いいたします。